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宇都宮地方裁判所足利支部 昭和49年(ワ)77号 判決

主文

一  被告らは原告に対し各自、金五七七万七、八九一円及び内金五三七万七、八九一円に対する昭和四九年四月三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。

四  この判決は、原告勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、各自原告に対し、金一、三二一万九、八二五円および内金一、一四一万九、八二五円に対する昭和四九年四月四日から右完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  本件交通事故の発生

(一) 日時 昭和四九年四月三日午前八時三〇分頃

(二) 場所 栃木県足利市大正町八六九番地先交差点

(三) 加害車 被告村松道弘(以下被告村松という。)運転の被告有限会社虎谷(以下被告会社という。)所有の普通乗用自動車(栃五五の二五八四号)(以下被告車という。)

(四) 被害車 原告運転の原告所有普通貨物自動車(栃四四ね四九九七号)(以下原告車という。)

(五) 事故の態様 原告が競走馬運搬のため右原告車を運転し本件交差点に差しかかり、時速一五~一六キロに減速し青信号を確認の上直進したところ、偶々被告村松が被告車を運転し、被告会社の菓子小売販売店に訴外村松美佐子らと赴く途中、左方道路より同交差点に進入、直進しようとした際赤信号を無視し、且つ側見運転をなし、時速四〇~五〇キロで進行したため、すでに交差点中央部を通過している原告車の左中央部(前後両輪の中間部)にその前部を衝突して、原告車を横転せしめたものである。

(六) 被害の状況 本件事故により原告は全治まで数日間を要する打撲症を受けた外、原告車が相当の損傷を蒙つた上、運搬中の原告所有の競走馬サピリア号サラブレツド系五歳馬、地方競馬全国協会登録番号関東昭和四七年一〇三三号(以下サピリア号という。)が休療日数約一〇ケ月を要する全身打撲傷を受けた。

2  被告らの帰責事由

本件事故は、被告村松が自動車運転者として、信号のある交差点通過に際しては、信号を遵守し、かつ左右の安全を確認して進行すべき注意義務があるのに、これを怠り、信号無視及び側見運転により発生したもので、同人の一方的な過失に起因するものである。

したがつて右被告村松は不法行為者として原告の損害につき、賠償責任を有する。

また被告会社は、右被告車の運行供用者として、なおその業務の執行につき、事故を起こした被告村松の使用者として、当然右損害の賠償責任を有する。

3  原告の損害

(一) 原告の診療費 七、二〇〇円

(二) 原告車の修理費 一二万五、七四〇円

(三) サピリア号の診療費 七九万円

昭和四九年四月三日より同年六月二五日までの分 三〇万八、八〇〇円

昭和四九年六月二六日より昭和五〇年一月三一日までの分 四八万一、二〇〇円

(四) 原告のサピリア号の受傷による逸失利益 八九九万六、八八五円

(イ) 一年間休場したことによる逸失利益 七二三万九、五六二円

サピリア号は三歳馬として昭和四七年八月二六日初出走以来、同四九年三月二五日までの二〇ケ月間に三三回に亘り、足利、高崎並びに宇都宮の各地方競馬に出場し、優秀な成績をあげ、賞金合計七六六万六、〇〇〇円と出走手当金九九万円(一回三万円宛)、右合計金八六五万六、〇〇〇円を獲得した。従つてこの一回の平均収入金は金二六万二、三〇三円となる。

しかして、サピリア号は、本件事故のため一年間の休場を余儀無くされたが、本件事故にあわなければ、この一年間に二四回の出走が可能であつた。従つて右実績すなわち一回の平均賞金並びに手当金の合計二六万二、三〇三円の割合による二四回の総収入金額は六二九万五、二七二円である。

右の金額に、四八年度に対する四九年度の賞金および出走手当金の値上げ率一五パーセントを付加した金七二三万九、五六二円が、本件事故に基づきサピリア号が一年間休場したために原告が被つた損害である。

(ロ) 能力減退による逸失利益 一七五万七、三二三円

サピリア号は現在六歳馬であるから出走資格限界の八歳馬までには、なお二年間に年二四回平均で合計四八回の出走が可能であるが、本件事故により、その能力別による格付をB1クラスからC1クラスに格下げになつた。そのため、出走レースの賞金及び出走手当金もB1クラスのそれより一五パーセント減少している。

従つて、右格下げによる逸失利益の総計は、二年間の中間利息を控除してその現価を求めると金一七五万七、三二三円となる。

算式 629万5,272円×2年×0.15×1.861(二年間のホフマン係数)=175万7,323円

(五) 慰藉料 一五〇万円

サピリア号はなお治療中ではあつたが、期限すれすれになんとか出走させ、競走馬としての失格を辛うじて免れたものの、能力試験ではC1クラスに格下げになり、又五歳馬としての重要な一年間を休場せざるを得なくなり、中央競馬への出走の可能性もほとんど断念せざるを得なくなつたことにより原告の蒙る精神的苦痛は甚大であつて、これを強いて金銭的に慰藉するためには、金一五〇万円を相当とする。

(六) 弁護士費用 一八〇万円

原告は、本件訴訟に関し、その弁護士に対し手数料及び報酬金として金一八〇万円(請求金額の約一六パーセント)を支払うことを約した。

よつて、原告は被告らに対し、右の損害額の合計金一、三二一万九、八二五円と内金一、一四一万九、八二五円に対する本件事故発生の翌日である昭和四九年四月四日より支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因第1項の(一)ないし(四)は認める。(五)の事故の態様については、原告が競走馬運搬のため原告車を運転し本件交差点にさしかゝつたこと、被告村松が被告車を運転し、原告車進入道路と交差する左側道路から同交差点に進入したこと、その結果原告車の左側面荷台部分と被告車の前部が接触したことはいずれも認め、その余は争う。(六)の被害の状況のうち人身関係は認め、その余は不知。

2  請求原因第2項については、被告村松に原告主張のような注意義務があること、信号無視があつたこと、被告会社が被告車の運行供用者であることはそれぞれ認めるも、その余は争う。

三  被告の主張並びに抗弁

1  本件事故は、被告村松が時速四〇キロメートルで被告車を運転し交差点手前二〇メートルの地点で前方の信号が黄色から赤色に変つたことを確認して直ちに急制動をほどこしたが、約七~八メートル位スリツプして交差点内に一・五メートルほど進入したことと、被告車の進行道路と交差する右側道路から、原告が進路前方の信号がまだ青色に変つていない間に―本件交差点は全赤状態が二秒である―本件交差点に進入したこと、とが競合した結果発生したものであつて被告村松の過失のみによるものではなく見込み運転をした原告にも被告と同等の過失があつたものというべきである。

そこで被告らとしては、原告主張の本件損害について過失相殺を主張するものである。

2  原告車が被告車との接触した地点で直ちに横転したものではなく、接触後二〇メートル程直進した地点で横転したが、これは、原告車が法定の競馬運搬車でなく普通の貨物自動車に、重心の不安定な競走馬を積載していた結果によるもので、これが重心の安定した一般の貨物を積載していたものならば、本件接触程度の衝撃でもつて原告車が横転するなどということは起こり得ないものである。

3  原告が仮に競走馬運搬車に本件競走馬を積載していたならば、前述のとおり本件事故による損害の範囲はもつと縮少されていたものと充分に推定されうるところであり、これを怠つて普通貨物自動車に競走馬を積載して運搬した原告にも損害の範囲を拡大させた責任が存するものというべく、更に、仮に原告主張の損害額が本件事故の結果発生したものと立証されたとしても、それの損害は一般の予測範囲を超える特別損害というべくその意味において被告らが全損害額について責任を負うものではないというべきである。

4  一年間休場したことによる逸失利益については、そもそも競走馬はある期間出走しておれば、それに対応した一定期間休養をとらせて調整する必要があるのであるから、原告主張のごとく、机上計算通りの出走が可能とはいえないものである。本件馬の休場期間は昭和四九年四月から昭和五〇年一月までの一〇ケ月であり、原告主張の一年間は誤りである。また、獲得賞金の予想は対抗出走馬の優劣によつて左右されるもので非常に不確定要素の高いもので過去の記録のみから算定しうるものとはいえず、予見可能の範囲を超えるものとして、逸失利益の算定は不可能というべきである。

ちなみに、中央競馬会所属の馬の出走については年間平均七~八回とのことであり、南関東競馬出走馬取扱要領の出走制限条項によれば年間一〇回以内となつており、更に本件馬の所属している北関東競馬の出走可能競馬場(足利、宇都宮、高崎)のサラ系競走馬年間平均出走回数は最高一一・五八回であり、これを一〇ケ月に換算すれば九・六五回になるのである。

5  能力減退による逸失利益についても前項と同じ理由によりその算定は不可能というべきである。

6  慰藉料について

本件馬は法律上「物」であり、いわゆる財物にすぎない。これの損傷についてその損害が補てんされえない特別事情の有するときのみ、慰藉料として考慮されるべきものであり、原告主張のとおり、本件馬そのものが治療の結果再び競走馬として再起している以上、その精神的損害は生じないものというべきで原告の慰藉料請求は失当である。

四  被告の主張並びに抗弁に対する原告の認否と反論

1  原告に過失があるとの被告の主張は否認する。

2  原告車が衝突後二〇メートル程直進した地点で横転したとの点は否認する。

原告車は、衝突の衝撃で右斜前方に押し出され、対向車線上で横転したものである。

なお、法定の競馬運搬車というものはなく、同業者間では、普通貨物自動車による運搬が通常とされており、原告にはこの点で何ら責任はない。

3  本件損害は、特別損害にはあたらない。

競走馬というものは、レースに出場し多額の賞金を稼ぎ高価な物であることは、客観的事実であり、それが死亡ないし傷害により廃馬とされれば、将来の得べかりし収入を失うというのが通常生ずべき損害である。

第三証拠〔略〕

理由

一  請求原因第1項の(一)ないし(四)及び(五)のうち原告が競走馬運搬のため原告車を運転し本件交差点にさしかかつたこと、被告村松が被告車を運転し、原告車進入道路と交差する左側道路から同交差点に進入したこと、その結果原告車の左側面荷台部分と被告車の前部が接触したこと、(六)のうち人身事故のあつたこと、請求原因第2項のうち被告村松に原告主張の様な注意義務があること、信号無視があつたこと、被告会社が被告車の運行供用者であることは当事者間に争いがない。

二  被告村松及び被告会社の責任につき判断する。

原告及び被告各本人尋問の結果を総合すると、原告はサピリア号の輸送に当り、急ブレーキや、スピードの出し過ぎを避けて運転していたこと、本件交差点に入る途中にはスクールゾーンもあるので、その付近の通行に際してはかなり減速したが、交差点に入る処には下りの段差があり、出る処には上りの段差があるので、更に減速したこと、交差点に設置されている信号の表示は、スクールゾーンを約一〇メートル過ぎたあたりから見ており、交差点の手前一二・三メートルの処で青になつたことを確認し、左方を見たところ約三〇メートル先のガソリンスタンドの付近に被告車を発見し、安全と思つたので同交差点に進入したこと、ところが「あつ」という間に左方から進行して来た被告車と衝突したこと、衝突後原告車は五・六メートル位走り、道路右側に倒れたこと、事故当時被告村松は自宅から井草町の虎谷支店へ行く途中で、被告車には同人の妻を同乗させており、同女に話しかけられたため、信号が青から黄になつたのを見過ごしてしまい、時速四〇キロメートル位の速度でそのまま進行し、赤信号を見て急ブレーキを掛けたが衝突してしまつたことが認められ、他に右認定に反する証拠はない。

右認定事実並びに前記争いのない事実によると、本件事故は被告村松が自動車運転者として、信号機の設置されている交差点を通過するに際しては、信号を遵守し、かつ左右の安全を確認して進行すべき注意義務があるのにこれを怠つて漫然と時速四〇キロメートル位の速度で進行し、急ブレーキを掛けたが及ばず発生したもので、事故当時被告村松は被告車を被告会社の業務のため運行していたものであるから、被告村松は民法七〇九条の、被告会社は民法七一五条ないし自動車損害賠償補償法三条の規定に基づき本件交通事故により発生した損害を賠償する責任を負うというべきである。

三  被告の各主張について判断する。

1  ところで被告は本件事故の発生は原告にも信号機の信号がまだ青に変つていない間に交差点に進入した過失があるとして過失相殺の主張をしているが、右事実を認めるに足る証拠はなく、前記認定の事実によれば、本件事故は被告村松の一方的な過失に起因するものと認められるので、被告の右主張はこれを採ることができない。

2  また、被告は、原告車が法定の競馬運搬車でなかつたために本件接触程度の衝撃でもつて横転する様な結果になつたものであるから、原告にも損害の範囲を拡大させた責任がある旨主張しているが、原告本人尋問の結果によれば、馬を輸送するには特別の車でなければいけないという指定は別にないこと、原告車は日産キヤブオール二トン車の荷台を改造したもので、荷台に幌を掛け、輸送中馬が動かぬ様に、荷台の前と後にそれぞれ一本鉄パイプを横に渡し、更に中央部にも一本左右を仕切る様に鉄パイプを渡し、馬を支える様にしていたものであること、原告以外にも原告車の様にして馬を輸送している者がいることが認められ、他に右認定に反する証拠はないので、そうすると右認定の事実によれば、被告の右主張はこれを採用することはできないところである。

3  更に、被告らは、損害は一般の予測範囲を超える特別損害というべく、その意味において同人らは全損害額について責任を負うものではない旨主張しているので、その点につき判断する。

特別事情による損害については、公平の観点から損害の発生につき加害者に予見可能性がある場合にのみその損害賠償の責任を負うものであると解されるところ、今日自動車が交通機関として著るしく発達し、重要なる役割を果していることや、現在物品輸送のために各種各様の貨物自動車が製造使用されており、例えば馬、豚の如き家畜の輸送も、それらの貨物自動車によつてなされていることは、公知の事実である。

然して、自動車相互間の事故にあつては、右の予見可能性は、加害者において、その加害の対象となつた自動車、本件にあつては貨物自動車の中に、如何なる使用目的に供される如何なる物品が搭載されているのかという具体的な事情を予見することは必要でなく、抽象的に物品が搭載されている貨物自動車であることの予見があれば充分であると解すべきである。

これを本件についてみるに、原告車には競走馬が搭載されていることまでの予見可能性は不要であると解すべきである。

そうすると、前記争いのない事実並びに認定事実によれば、被告村松には、右の予見可能性ありと認められるので、被告の右主張もまたこれを採ることができない。

四  原告の損害につき判断する。

1  原告の診療費 七、二〇〇円

成立に争いのない甲第一号証及び原告本人尋問の結果によれば、原告は本件事故により被つた右頭部等の軽い打撲症を足利市助戸の稲村整形外科でマツサージやレントゲン検査を受け、その費用として七、二〇〇円を支払つたことが認められる。

2  原告車の修理費 一二万五、七四〇円

原告本人尋問の結果成立の認められる甲第二号証の一・二及び同尋問の結果によれば、本件事故後、原告は原告車の修理を訴外小島自動車商会に依頼し、修理費用として一二万五、七四〇円を昭和四九年四月二〇日支払つたことが認められる。

3  サピリア号の診療費 七八万五、八〇〇円

原告本人尋問の結果、成立の認められる甲第三・四号証、第五号証ないし第九号証の各一・二、第一〇号証、第一三号証ないし第一九号証の各一・二、第二〇号ないし第二四号証及び同尋問の結果によれば、本件事故によりサピリア号は全身打撲の傷害を受けたが、浦和市の横田獣医師は競争馬の経験も長く、これまで原告は何頭も世話になつていたこともあつて同医師に出張して貰い、その治療を受けたこと、また足利市助戸の山下獣医師は近所なので応急の場合にその治療を受けたこと、その治療はレースに再出馬できるまで続けられたこと、別紙診療費明細書のとおりの各年月日に、各獣医師に、各金員を支払つたが、その合計は七八万五、八〇〇円であることが認められる。

4  サピリア号の受傷による逸失利益 四四五万九、一五一円

(一)  成立に争いのない甲第一一・一二号証、証人増淵陽の証言、原告本人尋問の結果その他弁論の全趣旨を総合すると次のことが認められる。

(イ) サピリア号の出生年月日は昭和四五年四月一八日で、本件事故当時の年齢は満四歳になる直前であつた。

(ロ) サピリア号は昭和四七年六月一五日付で地方競馬全国協会に登録され、同年八月二六日足利競馬に出場して以来、宇都宮、高崎等の各競馬に出場し、本件事故に遭遇前の昭和四九年三月二五日までの一九ケ月間に三三回出場し、その間における賞金獲得額は七六六万六、〇〇〇円である。

(ハ) 事故当時B1に格付けされていたが、この格付の差違は賞金や手当に影響がある。

(ニ) 競争馬の出場年齢の制限は三歳から八歳までである。

(ホ) 北関東競馬は年四一回開催されていて、競争馬のレース出走回数については一日一競争の原則はあるが、使用回数を制限する規定は別にない。調教師としては月二回とか、三月に五回とか調整しながら使用している。ところで、右の年間開催日数について、原告は三九回であるとか、四五・六回であるとか、質問の度に異る内容の陳述をしているので、右の点に関する原告本人尋問の結果は措信しない。

(ヘ) 競争馬は危険が伴うので保険を掛けることができない。

(ト) 競争馬は一年以上レースに出場しないと登録を抹消され、また、三ケ月休場すると一階級落ちることになつている。サピリア号は事故後一〇ケ月半の昭和五〇年二月一八日宇都宮競馬にC1・2クラスで再出場し、翌五一年四月二五日まで出走したが、同年五月廃馬にされた。

(チ) 右再出場後は、一四ケ月間に一六回出走し、賞金二二八万三、〇〇〇円を獲得している。

(リ) 競争馬は出場すると、出走手当三万円が支給される。なお、原告は出走手当の額は三万五・六千円で、それ以外に在厩馬手当が支給されるので、右の合計額四万二・三千円が手当として支給される旨陳述しているが、在厩馬手当の額が明確を欠くので、右の点に関する原告本人の陳述は採用しない。

(二)  被告はサピリア号の逸失利益の算出は不可能というべきであると主張し、その理由として、獲得賞金の予想は対抗出走馬の優劣によつて左右されるもので非常に不確定要素が高いから過去の記録のみから算定しうるものとはいえず、予見可能の範囲を超えている旨陳述している。

右被告主張の前半部分は、前記甲第一二号証の馬登録の成績欄の記載自体によれば、同じ一四〇〇メートル平地の競走で昭和四八年二月二七日には一分三〇秒七で七頭中一位となり賞金六〇万円を獲得しているのに、同年三月四日には一分三〇秒二でありながら九頭中五位で賞金は一三万円、同月二八日には一分二八秒四で九頭中二位(但し、本レースは右成績表のタイムからは、一・二位同順位到着と推測される。)で賞金二六万円を獲得しているのみであるから、当裁判所としても首肯しうるところである。

しかしながら、右主張の後半部分は、全ての場合に当嵌まるものとは到底考えられない。蓋し、本件サピリア号は、受傷後再出走し、しかも、かなりの賞金を獲得しているという事情を有するからである。

逸失利益の算定に際しては、裁判所は諸種の統計表その他の証拠資料に基づき経験則と良識とを活用して、できる限り蓋然性のある額を算定すべきである(最高裁第三小法廷昭和三九年六月二四日判決民集一八―五―八七四)が、これを本件についてみるに、前記認定の事実からは休場している間の出場可能回数や、賞金額について、相当程度獲得可能の蓋然性ある数額を算出しうると考えられるから、したがつて、少くとも休場期間における逸失利益は算定可能といわなければならない。

これに引き換え、六歳から八歳までの能力減退によるものについては、前記認定の如く、競走馬は危険が伴うので保険を掛けることができないという事情からは、八歳まで競走可能といえるか否かまた、年間出場可能回数について算定の根拠があるか否か疑問があり、したがつて、この点に関する原告の請求は失当といわざるを得ない。

(三)  出場可能回数について

証人増淵の証言や、原告本人尋問の結果によると、年間出走回数は二四回位と認められるが、サピリア号の過去の実績に照らすと、直ちにこの回数によることは妥当でない。即ち本件サピリア号は前記認定の通り、事故前は一九ケ月間に三三回、事故後は一四ケ月間に一六回それぞれ出走していることが前記甲第一二号証の成績欄の記載により認められる。そこでこの実績から一ケ月の出場回数を算出すると、事故前にあつては一・七三回、事故後にあつては一・一四回出走していることが推定される。

ところで問題は、二つの数値のいずれかを採用すべきかであるが、本件サピリア号の受傷当時の年齢が満四歳になる直前でいわば出場年齢の最盛期にかかる直前であると推定されること、又受傷期間は満四歳の一〇ケ月間であるから、もし健康体であつたならば、出場回数も、事故前に比較し、増加することが推定できても、減少するとは考えられないこと、などから事故前の実績を基準とするのが最も妥当な方法である。

そうすると、サピリア号は本件事故により休場した一〇ケ月間に、少くとも一七回は出走できたものと推認される。

(四)  獲得可能の賞金について

この点についても、前記(三)で述べた様な理由により事故前の実績に基づいて推定するのが最も妥当な方法であり、それによると、一回当りの賞金額は二三万二、三〇三円であり、これに出走手当三万円を付加すると、一回当りの賞金獲得額は二六万二、三〇三円である。

よつて、サピリア号の休場期間中の出走可能回数は一七回なので、右期間中の賞金獲得可能額は、二六万二、三〇三円に一七回を乗じて得られた四四五万九、一五一円である。

なお、原告本人は、賞金額や出走手当等が昭和四九年度は一五パーセント増額される旨陳述しているが、他に確たる証拠もないので、採用しない。

5  慰藉料について

サピリア号が本件交通事故に遭遇し、受傷したことにより、原告自身も精神的苦痛を受けたことは推察するに難くはないが、本件の如き場合、財産的損害が賠償されることにより精神的損害も回復されたものと考えられるので、この点に関する原告の請求は失当である。

6  弁護士費用 四〇万円

原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、原告は同訴訟代理人に対し訴訟一切を委任し、手数料及び報酬として一八〇万円を支払う契約を締結したことが認められる。そこで本件訴訟の如き困難性よりは、原告自身において訴訟遂行を図ることは極めて無理であるところ、請求額と認容額その他諸般の事情を考慮すると、四〇万円をもつて本件事故と相当因果関係のある弁護士費用と認められる。

五  よつて、原告の被告らに対する本訴請求中五七七万七、八九一円及び内金五三七万七、八九一円に対する事故の日の翌日である昭和四九年四月四日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由ありとしてこれを認容し、その余の請求は理由なしとして棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 土田敏男)

診療費明細表

〈省略〉

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